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<<   作成日時 : 2010/08/10 13:00   >>

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今日は図書館へ行ってきました。
鹿児島で大きな企業グループとして、岩崎グループがあります。鹿児島交通というバス会社を保有して大隅・南薩方面に広い路線網を持つほか、いわさきホテルグループや種子島・屋久島への航路などを運営しています。この会社、きちんとした社史を出していないこともあって、結構謎が大きいところがありました。創業者の岩崎與八郎の伝記が図書館に所蔵されていて、これを読んでみました。本人の死去からまもなく、本人の残した記録などを元に岩崎グループで発行した本なので、これが事実上の社史に近いものなのかもしれません。そういうものなので、本人に不利益なことは書いていないようですが。
もともと岩川町(現曽於市)の出身で、最初は鉄道省向け枕木納入で財を成しました。これは私の町に枕木工場があったので知っていたのですが、最初からその工場で生産していたわけではなく、当初は桜島に工場があったようです。戦後に南薩鉄道の経営権を取得するのですが、当時既に会社が傾いていて、請われるような形でそこに乗り込んで行ったようです。地方の鉄道では、「おじいちゃんが苦労して造った鉄道を潰せない」などと言って創業家出身経営者が他の事業で赤字を埋めながら鉄道の運行を続けた例があるのですが、後から乗り込んで行った岩崎氏が南薩鉄道の運営続行にかなりこだわったのはどういう意図があったのか謎です。
この人は、この手の本では決して書かれないのですが、かなり酷い手口で事業を拡大していったとして恨む人も多く、地元ではそのことは有名なのですが、その割に意外と気前よくバンバン寄付をしていたことが分かります。私も、地元の町の郷土誌で「岩崎與八郎氏から中学校の校舎と敷地寄付」などと書かれているのを見て驚いてしまったことがあるのですが、この本によればそういう例は結構あるようです。鹿児島大学工学部と医学部も、実質的に岩崎氏の寄付で作られているようです。
鹿児島空港の移転問題では、当初鹿児島市内の鴨池にあった空港を、ジェット化するために郊外移転することになったのですが、今実際に空港がある十三塚原案と、吹上浜案がありました。岩崎氏は、自分の事業基盤のある吹上浜に引っ張ってきたかったようなのですが、鹿児島商工会議所会頭に就任したのが、移転案の正式決定の直前で、もう運動が間に合わなかったという趣旨のことが書かれていました。「飛行機のエンジンに砂が入るとか大した問題ではない」などと書かれていたのですが(苦笑)、それこそが技術的に一番問題で、吹上浜案が没になった理由だったはずです。
さて、現在の岩崎グループは、不採算化してしまった事業が増えて経営が苦しいらしいのですが、果たして與八郎氏が生存していたらどういう舵取りをしたのか、興味があるところです。

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