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zoom RSS 碓氷峠を越えたアプト式鉄道

<<   作成日時 : 2015/02/24 13:00   >>

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続いて、『碓氷峠を越えたアプト式鉄道-66.7パーミルへの挑戦』を読み終えました。交通新聞社新書の最新刊です。横川と軽井沢をつなぐ信越本線碓氷峠越えのアプト式の時代を語った本です。

碓氷峠の歴史から語られ、これもなかなか興味深いです。和宮の降嫁の時には中山道を通ったのですけど、この峠を長々と行列が通過したそうです。また明治天皇の行幸に際して、一部区間を天皇が歩いたのだそうで、これも面白い話です。しかし峠の上で「自動車に乗り」は無いでしょう。この時代(明治初期)にまだ自動車は発明されていないので、おそらく馬車でしょうね。

中山道幹線の敷設計画に始まり、碓氷峠の鉄道建設計画が説明されています。意外にも、ルートの決定で難航したのであって、一度決まると割と早く建設はできあがっていますね。ただ、トンネルや橋梁といった構造物の建設経緯はあまり触れられていないです。またルートの説明をするにあたっては、やはりどうしても地図が欲しいです。この本には写真はいろいろあっても、図はほとんどないんですよね。それが欠点です。

運行が始まってからの機関車乗務員や隧道番の苦労はいろいろと実際的に語られており、面白いです。明治の人はよくこの過酷な労働に耐えたものです。電化されると煤煙の苦労は一気に消えるものの、それでも多数の機関車をうまく協調させながら、アプト区間へのエントランスをうまく走行するのは大変な苦労だったようです。そしてすぐラックレールが破損するので、保線担当者も気が抜けなかったようです。

こうしてみると、粘着式への移行は現場にとっても非常に楽になるものだったんですね。もちろん、依然として特殊区間であったためいろいろな気苦労は残るのですが、ラックレールと第三軌条の保守が無くなり、エントランス進入の苦労が無くなっただけでも絶大な効果です。機関士にとっては「気が抜けたようだった」と書かれていますね。

せっかくだから、粘着運転の時代も書いて欲しかったですけど、多分新書の分量上もそこまでは書けなかったのでしょう。また粘着運転とラック式運転を併用していた時代の線路の切り替えとかも興味深いのですけど、そういうあたりはあまり解説されていませんでしたね。ですが、この本は碓氷峠の鉄道の古い時代を知る上では非常に参考になります。面白い本でした。

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