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zoom RSS 大江戸線建設物語

<<   作成日時 : 2015/07/28 13:00   >>

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大江戸線建設物語』を読みました。先日読んだ『つくばエクスプレス建設物語』と同じシリーズで成山堂書店から出ているものです。

前回より随分厚くなりました。また、前回は行政的な手続きの話などにもかなり割いていたのですが、今回は東京都地下鉄建設が第三種鉄道事業として建設を行った話をちょっと触れている程度で、後はひたすら建設の話をしていました。おかげで、前回は個別の工事についてはそれほど詳しく触れられていなかったのに対して、今回は大江戸線のかなりの区間に渡って、特徴のある建設工事についてその手順などが触れられていました。

飯田橋駅の工事がおもしろくて、東京地下鉄東西線の下を掘らなければならず、いわゆるアンダーピニングをするのですが、東西線の躯体がA線B線で異なる高さになっており、一部だけ重量を負担すると躯体を壊す恐れがあるということで、大変慎重な躯体の掘り出しと仮受けが必要になったようです。また出口の階段に対して手掘りNATMなどという珍しい工事をやったようです。駅部は開削工法を取ることが多く、その場合は階段部は開削の中に形成されるので問題はないのですけど、シールドで駅のトンネルを掘った場合、階段部をどうやって構築するかという問題が出てくるんですよね。

御徒町周辺では、銀座線や日比谷線をどうやってかわすか、という話が中心なのですけど、実は東北新幹線のシールドトンネル(第1上野トンネルのうち、御徒町トンネル区間)もクリアしています。しかし東北新幹線は、建設時に既にこの部分に大江戸線が通ることがわかっていたこともあり、それに対応して建設していたからか、大江戸線の方では単に交差したということにだけ触れていて、東北新幹線対策の詳細は何も触れられていませんでした。特に触れるようなことが無かったのでしょうね。

小名木川にかかる高橋の下を潜るところでは、合わせて橋の架け替えをやったそうで、狭い川を仕切って開削で下を掘って、地下鉄躯体と橋の基礎を一緒に構築しながら架け直していくという、なかなかやっかいな工事をやっています。河川交通があるために、小名木川の全部を締め切ることが許されなかったのが、こんな工事になってしまった大きな理由なのでしょうね。

浜松町でのJRの下を潜る工事も難工事です。東海道新幹線の線路を移動させての工事は、なかなか話題になりました。合わせて、浜松町駅北側の架道橋の改築もやっていたのですね。浅草線との連絡工事は、浅草線側は当初接続を想定していなかった場所のトンネル躯体に穴を開けて、しかも営業線に対してそれを施工するわけですから、大変だったでしょう。

馬込へ車両を運んで検修することになった理由として、高松も木場も、地下に車庫を設けたために、油脂類の使用を制約されて全般検査などを行えなかった、と説明があります。しかし放射部の開業時期のことを考えると、連絡線開業までに初期導入車両の要検や全検が回ってくるはずなので、どうやって処理していたのかが謎です。連絡線の工事がだいぶ後回しになったことを考えても、後付けで考えたアイデアなのではないかと思うのですが、そのあたりはよくわからないですね。

これだけで、大江戸線の全区間の工事を網羅しているとはいえませんが、主要な工事についてはおおむね説明されている感じで、よくできた本です。

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