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zoom RSS 鉄道技術者の国鉄改革

<<   作成日時 : 2015/11/17 13:00   >>

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鉄道技術者の国鉄改革』を読みました。副題は「関門トンネルから九州新幹線まで」です。

なかなか概観するのが難しい本ですが、明治以来の日本の鉄道における建設部門の歴史を語り、その中でも下関工事事務所の歴史を語っている、という感じです。なかでも国鉄改革との関係が詳しく語られています。個別の工事について詳しく語られているのは関門トンネルだけです。

国鉄では、工事局とか工事事務所などと呼ばれる組織を全国各地に、新線建設などの需要に応じて随時設置・廃止して建設していました。ある程度流動的に行われていたのですけど、国鉄末期には札幌・盛岡・信濃川・東京第一・東京第二・東京第三・東京建築・岐阜・大阪・下関の10の工事局があったようです。東京だけで4つもあるのが、いかに東京圏の通勤輸送対策のための工事量が大きかったのかを思い知らされる感じです。また、岐阜や信濃川のように、どうしてここに工事局が置かれるのか不思議、という場所もありますね。信濃川は、信濃川発電所の建設工事のために置かれた組織の後身なのでこういう名前なのですけど、岐阜はなぜ名古屋ではなかったのでしょうか。下関は、関門トンネル工事のために置かれた工事事務所が前身です。

特に下関工事局を中心として、国鉄時代の工事に関する簡単な説明もあり、山陽新幹線に伴う工事量の急増や、その後の東北新幹線工事のための広域異動の話などがあります。そして国鉄改革になると、急激に組織の規模を縮小しなければならないために、あちこちの民間企業に出向を受け入れてもらったり、公務員として再就職したり、という話が出てきます。ある程度はJRグループに採用されるのですけど、民営化以降に国鉄時代ほどの規模で建設工事をすることはないので、なかなか大変だったようですね。広域配転もありましたし、鉄道公団に受け入れられた人もいたようです。その身分も、定員の関係で一旦JRに採用されてから転籍した人もいたようです。さらに清算事業団に行って、国鉄用地の処分作業に携わる人もいたとかで、なかなかあちこちに分散して大変だったのですね。いずれにせよ、生身の組織を切り刻まなければならなかったですし、その10年前までは新幹線工事の最盛期で多くの技術者を必要としていたところから、急激に方向転換しなければならなかったことも問題を大きくしたのでしょう。しかし、工事局の関係者がいろいろ調査をして下準備していたことは、民営化されてから整備新幹線や各地の連続立体交差事業、新駅や駅ビルの建設といった形でいろいろ生きてきたそうです。

もう少し実際の建設工事の話が多いかと思ったのですが、国鉄改革時の組織の話が多くて驚きました。こういう本もありだと思います。下関工事局以外の事情も知りたくなるところです。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
名古屋ではなく岐阜に工事局があったのは、三大河川に関わる工事がそれだけ多かったからではないでしょうか。
通りすがり
2015/11/18 02:28
三大河川に関する工事がそんなにありましたかねぇ…。岐阜工事局史とかを探してこないとわからないかも。
Tamon
2015/11/19 01:18

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