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zoom RSS 地形で謎解き! 「東海道本線」の秘密

<<   作成日時 : 2016/03/27 13:00   >>

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地形で謎解き! 「東海道本線」の秘密』を読みました。著者が制作した地図を使って、東海道本線の線路の選定経緯などを考察した本です。実のところ、どうしてこのような経路を選んだのかわかっている部分はあまりないんですよね。日本の大幹線であるにもかかわらず。

実に綺麗な、高低差を明確にした地図で、なるほどここはこういう地形になっていたのかと思わされます。これをきちんと制作するのはそれなりに大変だったはずです。基本的には国土地理院の数値地図を使ったのでしょうけれど。

静岡のあたりで、台地を迂回しながら建設していく様子は、この地図だとよくわかりますね。やはり街道の宿場町にある鉄道忌避説は根拠が無いと見てよいでしょう。もっとも、この本だと鉄道忌避説という考え方自体には触れつつも、あちこちで反対運動があったということを記載していて、これは本当にあったと著者が確認したのか、とりあえずそういう説があると事実を紹介しただけなのか、ちょっと判断に苦しむところがあります。

豊橋から岡崎への経路の話は、青木栄一先生の『鉄道忌避伝説の謎』で紹介されている通り、内陸の街道沿いだと急勾配が生じるのを回避するためですね。これはいい文献が見つかっているのでそのままです。著者はこのあたりの出身だそうで、地元のエピソードを交えて面白く書かれています。

関ケ原の西側で、柏原から醒ヶ井へ名神高速に沿ってまっすぐ西へ向かわずに、北に近江長岡を経由するクランク状のルートになっているのは、以前から疑問に思っていました。地形的にはまっすぐ連絡しても問題が無いはずです。ただ、経路変更をしていた事情があるというのをわかっていたので、その関係ではないかと漠然と考えていました。この本でも、やはり関ケ原と長浜を結ぶ経路だったのを2回にわたる経路変更で現行ルートに切り替えたためだと分析していますね。

中山道幹線の経緯に触れているところで、中山道幹線の通過ルートを和田峠と書いているのは誤りですね。中山道幹線は、当初の構想では入山峠を越えて長野県佐久平に入り、江戸時代の中山道ではなく古来の東山道の経路をたどって保福寺峠を越えて松本に抜け、そこから中央西線の経路で西に行く計画でした。実際の建設に際しては入山峠が碓氷峠に変更されます。江戸時代の中山道だと、和田峠を越えて諏訪盆地に入り、塩尻峠を越えて松本に入るという経路になります。

全体として、よく分析されていますし納得するのですけど、もう少し丁寧に郷土誌を読んで、いろいろなエピソードを紹介してくれると嬉しかったかな、という感もあります。郷土誌は外れも多いのですけどね。この本の参考文献欄を見る限りでは、郷土誌が挙げられているのは蒲郡周辺だけです。郷土誌は地元の近くの図書館以外だと、国会図書館や大きな郷土誌を集めている図書館に行かないと読めないので大変なのですけどね。

ともあれ、これはよい本であり、山陽本線、鹿児島本線、中央本線、北陸本線、信越本線、東北本線、奥羽本線、函館本線あたりは同様の感じで続刊を出してくれると嬉しい感じです。

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