四国旅行

神戸港からジャンボフェリーで出発。フェリーは「りつりん2」。ジャンボフェリーに定時運航を期待する方がおかしい、という意見も聞いた事があるのですが、0時30分出発のはずが0時30分に入港してくるという有様で、それから荷役作業をしていたので出発は1時をかなり回っていました。船内のカウンターでうどんを食べましたが、それほど美味しいものではないですね。しかし売店とうどんカウンターを合わせてたった1人で対応しているというのがかなり忙しそうです。かなり運賃の安い航路だから経費削減を徹底しているのでしょうけど。船内に風呂場はありませんが、トラックドライバー専用部屋にはあるらしいとの話。車両甲板のかなりの部分が露天甲板になっていて、船の前部にのみ車両甲板の上に人が滞在する客室を載せているといった面白い構造です。車両の搭載作業中は船のバランスが崩れるので左右にぐわんぐわんと船が揺れて不快です。一方で出港すると今度はディーゼルエンジンの振動が突き上げるようにやってきてまた乗り心地が悪いという。フェリーはどの会社のものに乗っても大体このディーゼルエンジンの振動に悩まされるのですけど、ここのは特に酷いように感じました。
4時10分の到着予定が5時近くになり、そこから連絡バスを介して高松駅へ向かったので、当初予定していた4時58分の予讃線始発列車には間に合わず。5時44分の土讃線琴平行きに乗り、多度津で乗り換えて予讃線方面へ行くことになりました。休日はこの予讃線の列車が多度津始発なんですね。
それでも9時30分頃には目的の伊予西条に到着しました。予定通りなら8時頃の到着です。今回の訪問先は先日伊予西条駅脇にできたばかりの「四国鉄道文化館」。DF50の1号機が展示されています。もっともDF50そのものは大阪に2両保存されていますので見たことはありますが。隣の0系新幹線の先頭部カットモデルは、相方を務めていたもう一方の先頭車がイギリスのヨーク鉄道博物館へ行ったものなのだそうです。運転台に入ることができるようになっていて、青梅鉄道公園の0系でも感じたのですが、やはり昔のATC装置は馬鹿でかいですな。展示されているのはこの2両だけで、他に特に展示物があるわけでもない、小さな資料館でした。靴を脱いでスリッパで上がるようになっているのが他にはない雰囲気です。
すぐ隣に「十河信二記念館」があります。国鉄の第4代総裁を務め、「新幹線の父」と呼ばれる人です。展示資料の解説を読むと、やはり昔の人はスケールが大きいなと感じます。後藤新平に誘われて鉄道省に入ったんですね。東海道新幹線の建設費は予定額を2倍に超過したのですけど、実際のところ最初からそれくらいの建設費になることは分かっていて、申請しても認められないから十河さんの一存で半額に抑えて、「一旦始めてしまえばどうにでもなる」との考えだったのだそうです。初めて聞いた話です。
伊予西条は湧き水の町。四国山地に降り注いだ雨が地下に浸透し、透水層と不透水層の境界に沿って流れ下ってきて、海側に不透水層の壁があるために地下にダムのように水が貯まっていて、そこに井戸を掘りぬくと圧力の掛かった水が吹き出してくるのだそうです。鑽井(さんせい)という奴ですな。こちらでは「うちぬき」と称しているそうです。町のあちこちに水が湧き出していてなかなか面白いです。西条高校がかつての城跡にあり、周りが堀で囲まれている様子とかを見てきました。しかし、駅から西条高校までの間にある、本来は目抜き通りであるはずの商店街地区がシャッター通りになっているという、今やどこの地方都市でも見られるような光景がありました。異様に寂れた感じが悲しいですね。
すぐ近くの新居浜へ移動。駅の裏側が貨物取り扱い施設になっていて、これを近くからチェックしました。愛媛県のこのあたりはかなり大規模な工業地域になっているためもあり、鉄道貨物の扱いが盛んです。何でも、西条市1市で高知県全県の工業出荷額を上回るとかで。どこでも見かける紫や青のJRFコンテナや白のJOTコンテナに混ざって、様々な化学薬品を入れたタンクコンテナが見られて面白いです。
さらに伊予三島へ移動。こちらも貨物取り扱い駅なのですが、駅自体では貨物を取り扱っておらず、ちょっと東の方に大王製紙の専用線があります。駅にはEF65PFが待機していたのですが、貨物列車そのものはなく、駅自体も橋上の普通の駅舎です。線路の南側を東の方へだいぶ歩いていって、ようやく大王製紙の専用線の見られる位置に到達。どうやら伊予三島の構内がここまで続いているという扱いのようで、専用線の入口付近に立っている信号機は伊予三島の上り第二出発信号機のようです。専用線にはコンテナ車が停車しており、盛んに荷役作業が行われていました。こちらはコンテナには特に目新しいものはなし。しかし1社の専用線のはずにも関わらず、実に多くのコンテナが取り扱われているものです。また荷役線が屋根で覆われているのも特徴的ですね。水濡れを嫌う紙をワム車に積み下ろししていた時代の名残なのでしょうか。トラックでロール状態の紙が運ばれてきて、フォークリフトで倉庫に収納する作業をしている様子も見られましたし、工場内から一貫してコンテナで取り扱っているわけでもなさそうです。
ここで帰途に。坂出でマリンライナーに乗って瀬戸大橋を渡り岡山へ。そこから赤穂線で日生へ移動。あらかじめ目をつけてあった店で夕食を取りました。海鮮料理が美味しいです。そこから播州赤穂で乗り換えて戻ってきました。




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