比叡山

秋のスルッとKANSAI3dayチケットのシーズンが始まりました。早速、昨年も行ってみたいと思っていながら山上交通が著しく不便になる12月に入ってしまって見送っていた、比叡山を訪れることにしました。
比叡山へ登る交通機関は、西から登るケーブルカー、東から登るケーブルカー、南から比叡山ドライブパスを通るバスの3ルート(私の調査した限りでは)。乗り潰し派としては通り抜ける形で両方のケーブルカーを乗ってしまいたいので、そのように行程を計画しました。普通に考えると阪急沿線に住んでいる私は阪急京都線で河原町まで行ってちょっと歩いて四条駅で京阪に乗り換えれば速いのですが、京阪自体をほとんど乗ったことが無い(学生時代に守口市まで乗って以来乗っていません)こともあって、淀屋橋まで周って京阪本線を乗りとおして行くことにしました。淀屋橋から出町柳まで京阪特急の一番先頭にあるまさに鉄道ファン向けとも言うべき席を確保することができて、ずっと前面展望を見ていました。中之島新線の工事のために線路が切り替えられたばかりの天満橋駅、環状線との乗換のために凄い数のお客さんが待っている京橋駅、そこを過ぎると複々線の線路を方向別にするために高架線で北側の線路を跨ぎ越して北側から2本目の急行線に入って、物凄い勢いで外側の緩行線を行く普通列車を追い抜いて走行。なかなか見所のある線路です。しかし寝屋川信号場で、東武伊勢崎線の複々線延長工事が完成するまで民鉄最長だった複々線区間が終わると、後はのんびりですね。やはり草津から西明石までのJRの複々線区間の長さが圧倒的過ぎて、民鉄の複々線はすぐそこで終わってしまう感じがします。京阪の運転士はきびきびと喚呼をしていて印象的。速度制限まで読み上げていました。場内信号機の1つ手前の閉塞信号機に併設されている進路予告灯の意味が分かると、次の駅でどちらの線路に入るか予測ができて面白いです。
出町柳で叡山電鉄に乗換。こちらも初乗車。鞍馬寺へ行く路線もあって、こちらも今回のスルKAN3dayの間に乗ってしまう計画ですが、今日は比叡山へ向かう方に乗車。ちょうど隣のホームに入ってきたこの会社のエース「きらら」(デオ900系)を横目でにらみつつデオ700系で出発。やはりもともと同じ会社だったためか京都の西側を走る京福電鉄と雰囲気が似ています。沢山の人が乗っていたのでこれだけ比叡山へ行くのかなと思ったら、割とこまめに降りていって結局八瀬比叡山口まで乗った人は少数。しかしこの人たちはほとんどそのままケーブルカーに乗って比叡山へ向かっていました。比叡山へ登るこのケーブルカーは京福電鉄所有のまま。そしてここはスルKAN3dayチケットが使えないので現金で乗車券を購入。さらに中腹でロープウェイに乗り換えて山上へ向かいます。ロープウェイは1回では運びきれなくて2往復していて、待たせているのも悪いと気を利かせて時刻表に無い臨時便を出してくれたようなのですが、結局ここを早く出してもらっても山上で乗り継ぎのバスの始発が10時まで無いので仕方が無いのでした。歩いて行っても結局バスに追いつかれるくらいの時間ですし。ケーブルカー/ロープウェイから山上でバスに乗り継いで寺社にお参りするのは信貴山と似ていますが、あちらは戦前は山上にも鉄道があったんですよね。比叡山の山頂はこのバスへの乗換地点のすぐ傍にあって、これより東側に延暦寺の仏閣群があります。そのため延暦寺は京都府ではなく滋賀県にあるわけです。山上の道路(比叡山ドライブパス: 民営の有料道路)を30分に1本の割合でシャトルバスが運行されていて、京阪バス・京都バスの運行でこれもスルKAN3dayチケットで乗ることができます。普通の運賃を払うとかなり高い(横川まで行くと600円以上します)のでスルKAN3dayが使えるのは非常に大きいです。まぁ、大抵の人は比叡山1dayチケットなどのセットタイプのきっぷを買って乗ってきているので現金で払う人は珍しいです。スルKAN3dayを使っている人もかなり多くいました。
最初は延暦寺バスセンターで降りて東塔へ。延暦寺で一番有名な根本中堂(こんぽんちゅうどう)があるところです。根本中堂のある区画に入ると、周囲を巡る回廊を伝ってメインの建物にアクセスするようになっていて、その形がプラハで訪れたロレッタ教会に似ていました。宗教的建築は似るところがあるのでしょうか。普通の仏閣では仏像がおいてあり僧侶が経を読んでいる場所は一般参拝客の参拝する場所より一段高くなっていますが、ここは逆に奥が深く凹んでいて上から見下ろす形で参拝するのが特徴です。ここにある不滅の法灯は最澄の開基以来灯し続けているということですが、信長の焼き討ちはどうやって逃れたのでしょうね。根本中堂そのものも焼き討ちで焼けてしまってその後の再建だそうです。焼き討ちで討たれた人だけではなく、逆にそれに参加した人や信長自身も一緒に弔う慰霊碑が建っていました。国宝殿にはそれ以前の時代の仏像も多く保存されているのですが、これらは焼き討ちを逃れたものなのか後の時代に他所から運ばれたものなのでしょうか。
続いて横川(よかわ)へ。比叡山の一番奥にある地域で横川中堂を参拝してきました。入口でくずゆを出す茶店が出ていたのでここで一息休憩。ところがバスの時刻に合わせてバス停に行ってみるとちょうど昼休みのためなのか30分間隔のバスが1時間間隔になってしまっていた直後で長蛇の列。そしてなんと積み残しになってしまったのでした。積み残される3人に含まれてしまうとは運が悪いです。バスは入口の階段とセンサー付きのドアのせいでここぞという時に詰め込みが電車より効かないです。仕方なく30分待って次のバスで西塔へ。ここで釈迦堂やにない堂を見てとりあえず一巡。やはり根本中堂が一番印象に残りました。ここ比叡山は本来は天台宗の本拠地ですが、若い頃にここで修行して後に新しい宗派を打ち立てた人が多いということで、法然(浄土宗)、親鸞(浄土真宗)、道元(曹洞宗)、日蓮(日蓮宗)といずれも日本史で習ったそうそうたる面々です。そのためか、ところどころにここは誰それが修行した場所だという案内が立てられていて、案内板に普通にその人の新宗派設立の生涯と教義の簡単な説明が書かれていて他宗派に寛容な感がします。
帰りは東塔から少し歩いて京阪グループの比叡山鉄道のケーブルカー。単線交走式なので2つのケーブルカーが同時に動くわけなのですが、途中にほうらい丘ともたて山の2つの駅が存在していて、これがてっきり一方が途中駅に停車するともう一方がもう1つの途中駅に停車する構造になっているのだと思いきやさにあらず。一方が途中駅に停車すると、もう一方は駅が無い場所で止まってしまいます。生駒ケーブルは対称な位置に途中駅が設けられているのでこういうことはないのですが、こちらは非対称とは意外です。双方のケーブルカーがともに両方の駅に止まろうとすると、計4回途中停車を繰り返すことになりますね。途中駅で降りる場合事前申告が必要で、逆に途中駅から乗車する場合は備え付けの電話で連絡する必要があるそうです。また、動きが止まった時にワイヤーが伸び縮みするのか単振動のような動きをケーブルカーがするのが印象的でした。他所でここまで大きく揺れた覚えは無いのですけどね。
ケーブル坂本駅から歩いて京阪石山坂本線の坂本駅へ。そこからスルKAN3dayで乗れる線を乗り継いで帰ってきました。JRだとほとんど乗換なしで速いのですけどね。




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