鉄道人とナチス ドイツ国鉄総裁ユリウス・ドルプミュラーの二十世紀

鉄道人とナチス ドイツ国鉄総裁ユリウス・ドルプミュラーの二十世紀』を読み終えました。本書で取り上げているドルプミュラーは、プロイセン王国時代に技術者としてプロイセン邦有鉄道に奉職し、後にドイツ国営鉄道(ライヒスバーン)の総裁になった人です。この人の出生から順に書いている本です。

職歴はプロイセン邦有鉄道時代から書かれているわけですが、プロイセンの鉄道が文官優先主義であった、というのは興味深いです。鉄道のように技術の塊のような業務でも、文官優先などということが起きるのですね。日本だと、割と技官も重視されていたように思いますが。技官出身だとなかなか出世できなかったのだそうです。

中国赴任など、紆余曲折もありながら、第一次世界大戦後にドイツの戦争賠償の方式をまとめたドーズ案の検討で活躍し、ライヒスバーンが賠償のための機関となります。その後のドイツの政治家やライヒスバーン監理会の委員らからの好印象を得て、ライヒスバーンの総裁に技官出身者として初めて任命され、さらにナチスの政権獲得後はなぜかヒトラーの好印象まで得て、交通大臣も兼任します。結局終戦までほぼ20年にわたってライヒスバーンの総裁に在任し続けるという人です。

本から伺えるのは、ひたすら自分の職務に忠実に、どんなお上が来ようと仕えて、鉄道をきちんと走らせ続けようとする姿です。一方で、新しい交通機関の脅威も感じていて、何とかトラック輸送を鉄道の配下に組み込んで押さえつけようとするあたり、単に技術的合理性を追求する以上に、鉄道への愛着というのもあったのだろうなと伺われます。

この時代のライヒスバーンにとって切り離せない、ユダヤ人追放輸送への加担ですが、ユダヤ人輸送列車の総数は全期間を通じて2000本ほどと、意外に少なかったということに驚かされました。ライヒスバーンは毎日4万本以上の列車を走らせていたそうですので、実は1日の列車本数の20分の1くらいの輸送を、戦争全期間をかけて実施した、ということであれば、ライヒスバーン全体の業務からすればほんの一部だ、ということになります。そして、副総裁でナチ党員だったガンツェンミュラーという人物が、自分の手柄とすべく、このユダヤ人輸送関連の問題を一手に引き受けて、ドルプミュラー総裁には報告も決済も上げていなかったようだ、というのです。ライヒスバーンの業務のほんの一部で、意図的に報告が上げられていないのであれば、総裁であっても知らなかったのかもしれないし、でもやはり勘づいていたのではないか、総裁として最終的な責任があるのではないか、といろいろ考えを巡らせることになります。正直、この状態で個人はどう行動するべきだったのか、深く考え込んでしまうところです。

この本では、ドイツの鉄道の歴史の一端もうかがえますが、どちらかというとユダヤ人輸送問題など、道義的・人道的な問題があるときにどう行動するべきだったのか、どう責任があるのか、といった問題を考える材料にしようという著者の意図だったのか、そういう方面に後半の多くが占められていて、結局鉄道の状況が詳しくわかるわけではないです。しかし、いろいろ考えさせられる内容ではあります。

この記事へのコメント

たづ
2018年04月28日 11:38
>ユダヤ人輸送列車の総数は全期間を通じて2000本ほどと、意外に少なかった
これはドイツの一般鉄道が標準軌で、二軸貨車でも30t積み程度あり、1両あたりの容積が大きい上ネジ連結器でも平坦に近い線形なら1500t列車が走れたことも関係あるでしょう。
とはいえ報告も決済も上がっていないものの責任を取らされるというのはたまったものではありません。
まあ日本とドイツでは戦後処理のロジック自体全く違いますし(ドイツの理屈でやってしまうと、日本の場合役所を全部解体することになってしまいます)。
Tamon
2018年04月28日 11:52
もっとも、組織のトップというのは組織全体に結果責任を負う役割ですしねぇ。下部で勝手にやっていたのなら、勝手にやることを許した組織構造に責任があることになってしまいますし。

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