鉄道とトンネル

鉄道とトンネル』を読み終わりました。「日本再発見」と称したシリーズですけど、あまりシリーズタイトルと内容の関連性を感じないですね。

日本の主要な鉄道トンネルについて、建設の経緯を順に解説した感じの本になっています。柳ヶ瀬トンネル、碓氷峠、板谷峠、冠着トンネル、笹子トンネル、清水トンネル、丹那トンネル、関門トンネル、北陸本線、青函トンネル、中山トンネル、鍋立山トンネルですね。また新幹線の主要トンネルについても触れられています。おおよそ、日本の鉄道トンネル史を物語るうえで重要なところを一通り抑えられていると言えるでしょう。

ただ細かく読むと、いろいろミスが見つかって気になります。まず全体的なところとして、国鉄の停車場について言及しているのに、全体に「信号所」と統一されてしまっています。たとえば鍋立山トンネルの中にある信号場は儀明信号場ですが、これを儀明信号所と表記しています。1922年(大正11年)に、国鉄の列車交換・路線分岐等を扱う停車場はすべて「信号場」に統一されているので、この表記は誤りです。わざわざ間違った方に統一してしまっています。また細かいことですが、日本鉄道建設公団の略称を、メディア等で一般的な鉄建公団としていますが、公団自身は鉄道公団を正式な略称としていました。本文中複数の個所で、日本最長の鉄道トンネルが柳ヶ瀬→第二板谷峠→冠着と変遷したことを前提とした記述がありますが、実際には第二板谷峠トンネルより先に、常磐線の金山トンネルが開通しており、こちらの方が長いので、日本最長の鉄道トンネルは柳ヶ瀬→金山→冠着と変遷しています。これは見落としでしょう。

続いて、76ページにおいて中山道幹線が中止されて東海道本線建設に切り替える経緯を説明しています。この時に、山県有朋を筆頭に軍部が反対した、とあるのですが、私が読んだ本だと、井上勝は用意周到に山県有朋に対して根回しをおこない、事前に了承を取り付けてから伊藤博文に持ち掛けたため、計画変更が明らかになってから大きな反対らしきものはなかったようです。これは、安易な記述ではないかと思います。このほかにも安易に軍部の主張や反対に理由を帰しているのではないかと思われる記述が複数個所であります。

板谷峠について書いているところで、103ページで30分の1勾配(33パーミル)と40分の1勾配(25パーミル)の比較検討があったことを記述していながら、105ページで最大38パーミルの急勾配が続く、と書いてしまっているのは、双方の整合性が考慮されていない感があります。33パーミルの線を検討していながら、なぜ38パーミルが出てくるのか、を説明する必要があるわけで。板谷峠は基本的には33パーミルの勾配になっており、もともと通過不能型スイッチバック駅であったところを、無理やりつないで通過可能型スイッチバック駅に改築した際に、短区間だけ38パーミルが発生した、というのが経緯です。したがって38パーミルの急勾配が「続く」と言われると、違うだろうと言わざるを得ません。

関門トンネルのところで197ページ、細かいことですがセグメントの製作を久保田製鉄所が担当とありますが、久保田鉄工所です。207ページでは、関門トンネルにEF10形電気機関車が投入されたことについて触れて、関門トンネル用のものはステンレス車体にした、とありますが、これは誤りです。関門トンネル開業時点ではすべての機関車が鋼製車体を装備しており、戦後になって腐食の激しい6両だけをステンレス車体に改造した経緯があります。またステンレス車体が採用されなくなった理由は、過剰と判断されたというより、塗料の改善ではないかと思うのですがどうでしょう。

中山トンネルについて書いているところで、241ページ、上越新幹線の当初予定工期が5年なのは、有力政治家への忖度、と書いていますが、工期5年は当時の新幹線の標準工期ですね。252ページ、四方木工区の水没事故の際に、立坑を作業員が這い上がったとありますが、これは疑問です。立坑に這い上がれるような設備はないと思います。エレベーターを復旧して上がったと手元の本にはあります。

鍋立山トンネルについて書いているところ、262ページで、1922年の鉄道敷設法改正で、別表55号の3に北越北線・南線が記述されたかのように書かれていますが、枝番になっているところからわかるように、当初から記載されていたものではありません。この線は、1962年の法改正で追加されたものです。鍋立山トンネルの終点側が複線断面になっているところは、ほくほく大島駅(仮称頸城大島駅)のプラットホームの延長に備えて、と書いてありますが、頸城大島駅が当初は列車交換駅として計画されていたことに触れるべきではないでしょうかね。

新幹線全体について触れているところで、292ページに、上越新幹線塩沢トンネルとほくほく線赤倉トンネルが立体交差していることに触れ、赤倉トンネルはJR以外のトンネルとしては最長である、と記載しています。しかし224ページの北陸本線全体の改良の話をしているところで触れられている頚城トンネルが、えちごトキめき鉄道に移管された関係で、現在は最長です。

全体としては良く調べて書かれており、うまくまとめられていると思うのですが、ちょっとケアレスミスがあるなぁ、という印象です。また、ウィキペディアの記事の影響が強く感じられます。もし参考にしたのであれば、参考文献として挙げるべきでしょう。しかし、この手の本が出せるなら、私も本を書いてみたいなぁと思ってしまう内容ですね。

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