軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い

軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』を読み終わりました。著者は神戸新聞社の記者を経てフリーで活動されている松本氏で、主に取り上げられているのは事故で妻を亡くした、地元で都市計画などにかかわってコンサルタントのような仕事をしていた人です。

この事故に関しては、かなり多くの著作があります。また当時の鉄道・航空事故調査委員会(現在の運輸安全委員会の前身)がかなり詳しく調査して、事故原因を明らかにする報告書を出してもいます。しかしこの本は、事故そのものの経緯と原因は、前半側で割と簡単に触れる程度です(と言ってもそれなりのページ数を割いていますが)。むしろ、後半でいかにJR西日本と遺族が交渉をしたか、事故に至る遠因と言えるJR西日本の内情は何か、事故の再発防止に向けてどういった方法が考えられるのか、といったところに重点が置かれているように思います。

私は人間ドラマというものには関心が薄いタイプなのですが、この本に描かれたJR西日本の幹部の関係というのは面白いです。いわゆる国鉄改革三羽烏で最年長の井手正敬氏が「JR西日本の天皇」と呼ばれる圧倒的な権威・権力を持ち、それに従うタイプの人が出世する一方で、事故後に急遽社長に登板することになった山崎正夫氏は技術的なことが中心で実直ながら、結局関連会社に出ることになった、というのは知っていたのですが、この本だとどんな感じの人なのかが伝わってくるようです。事故後あまり表に出なかった井手氏にも、直接インタビューをしたそうで、その言葉が記されていました。以前読んだ、国鉄改革の流れを描いた『昭和解体』で、井手氏の未発表の著作が参考文献に挙げられていて、これはどういうことなのだろうと思っていたのですが、事故がなければ日本経済新聞の「私の履歴書」に井手氏が登場して、その後国鉄改革を回顧する著書を刊行するところまで話がまとまっていたのだそうで、事故の影響でできあがっていたものも発表されないままになっているのだそうです。これは何とか公表してほしいものです。

井手氏の発想と仕事の進め方は、徹底して現場を厳しく締めるという感じのようです。それは国鉄が極めて弛緩していて、事故を多発させ経営を悪化させていたことの裏返しでもあるのでしょう。実際、仕事である以上は、きちんと締めなければならないところもあるでしょう。そして井手イズムにも正しいところはあり、本州3社の中ではもっとも環境に恵まれなかったJR西日本がここまで発展して経営を確立してきたのは、井手氏の功績が大きいとも思います。一方で、この本の後半で繰り返し出てくるように、事故の原因となるヒューマンエラーに対しては、罰則を免除してでも正しく現象と経緯を報告してもらい、システム的に対処していく必要があるのであり、それには井手氏のような、とにかく徹底して現場を処分して締め付ければエラーはなくなるのだ、という考え方は、あまりに古いと言わざるを得ません。物事の判断を、どちらか一方に傾けて徹底すれば絶対に正しい結果が得られるというのであれば、経営は簡単です。しかし実際には現場を締めるべきところはきちんと締めたうえで、起きた事象に対しては現場を責めるのではなくうまく拾い上げてシステムと経営に反映させていくという両方のバランスが必要なのであり、だからこそ経営が難しいと言えるのでしょう。井手氏は、現場の視察もよくしていて現場の事情に通じており、現場からの受けは悪くなかったそうなので、こうしたところまでできなかったのは惜しかったように思います。

この本は、国鉄改革やJRの経営問題で常について回る労組問題にはほとんど触れられていません。しかし、私があまり考えていなかった、ヒューマンエラー対策のあるべき姿、JR西日本の幹部の人間模様、そして遺族の1人がいかに訴えかけてJR西日本の体質改善を迫って来たか、といったあたりが描かれていて、大変参考になりました。

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