鉄道からみた中国

古書で入手した『鉄道からみた中国』を読み終わりました。

1985年に発行された古い本で、主に解放後、つまり戦後の中国の鉄道事情を中心に、歴史を解説している本です。中国の鉄道事情を歴史的な側面から触れた本はなかなか多くないので、貴重な本です。戦前の中国鉄道史については非常に簡潔に最初の方でまとめられています。昨今の変化の激しい中国の事情を考えると、1985年発行だとまったく新しい事情は反映されていませんね。中国ではこの時期、主要幹線でもまだ蒸気機関車が見られ、蒸気機関車の製造すら続いていた時代ですし。

戦前の、列強各国に侵食されてバラバラに鉄道網が造られていた時代からすると、やはり共産化以降の中国はしっかり鉄道網の拡充に力を入れて、確実にどんどん広げてきた感じがしますね。常に輸送力は不足気味だったようですが。中国西部の鉄道網未整備であった地域に、峻険な山岳地帯の大変な工事をしながらどんどん線路網が広がっていきますし、従来からある主要幹線も着実に強化されています。戦争終結時点では、長江を渡る鉄橋がまだなかったというのも驚かされます。文化大革命の時は中国全体が大混乱していますが、それでも鉄道は割と恵まれていてしっかり投資されていたようです。

こうして読んでみると、中国鉄道部の関係者は羨ましいですね。大変な思いはしているでしょうが、ずっと右肩上がりで輸送力は常に不足、という時代を戦後ずっと、今に至るまで継続しています。日本は、オイルショックでそういう時代は終わってしまったのですよね。新たな建設に追われる日々というのは、大変ですが、仕事としては充実しているのです。

文章として、普通は漢字にするだろうというところがひらがなになっているところが多々見られ、奇異に感じました。また共産主義・左派的な政策にやや同情・共感があるのかな、と思わせるような文章でした。まあ、事実関係をしっかり書けているのであれば問題のないことですが。できれば、この後の30年余りを描いた本、戦前の中国鉄道史を描いた本も読んでみたいところです。

この記事へのコメント

たづ
2018年10月20日 15:50
著者の方自身の思いからくる左派的な考え方自体はそのままなのでしょうが、「漢字にするはずのところがひらがな」というのは逆に出版社の校閲で変わっている可能性もありますね。
この本の発行は1985年ですが、昭和30年代~40年代は一貫して漢字の使用数を減らす方向で進んでいて、それが変わりだしたのが昭和50年代末、ちょうどこの本の発行の少し前あたりです。減らしすぎて分かりにくくなった、ってんで。
戦後昭和期の法令集などは結果として実に読みにくく、「原価計算基準(昭和37年)」の中の一文「財務会計機構の埒外」の「埒外」も「らち外」となっています。
鉄道の「AT饋電」も未だ法条文上「き電」ですよね。
「饋(食べ物をやる)」と書いたほうが「フィーダー」とイメージがつながるのですが。
Tamon
2018年10月20日 21:15
ただ、もっと難しい漢字がそのままの割に、割と簡単な方がひらがなになっていて、あまり統一感がないんですよね…。「鉄道の自動化度を大きくたかめるべきである」とか。高めるをひらがなにする必要があるのかなと。
たづ
2018年10月20日 23:38
ひょっとして、なのですが、現在常用漢字(とその熟語)で使われない同義の字、例えば「昂」とか「隆」とかを原文で使っていた、とかを考えました。「隆」は訓読みとしては常用漢字外であるため、現在のワープロソフトでは熟語としては変換されません。
ワードなどワープロソフトの挨拶文で「ご隆盛」とか出ますので「高い」の類義であることは見当がつくのですが。
難しい漢字がそのまま使われているのに逆に「高める」でなく「たかめる」になっているのだとすると、校閲が「高める」に変えようとしたら著者が「いや、『隆める』だ」と言って、間をとったら平仮名の「たかめる」になってしまった、とかはあるかも知れません。
30年前にこうした著書を出されているので、恐らく著者の方は明治の末か大正の生まれではないかと思った次第です。
多少逸れますが、生前の内田百閒氏の著書は本人の拘りで戦後の著作まで全て旧仮名遣い・旧字体だったそうです。本人の没後20年近く経ってから、遺族の承諾をとった上で現代のものに書き換えて再版してはいますが。

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