日本鉄道史 昭和戦後・平成篇

日本鉄道史 昭和戦後・平成篇』を読み終わりました。鉄道史の研究ではそれなりに名の知られた老川慶喜先生が3部作で執筆していた日本の鉄道史の通史の3冊目で、前の大正・昭和戦前篇が発行されてからかなり長く経っていたのでこれ以上でないのだろうかと心配していたところ、ようやっと発行されました。平成の終結に間に合った、という感じでしょうか。

戦後なので、戦災からの復旧、日本国有鉄道の発足、といったところから説き起こされています。通史としてはよく書かれているとは思うのですが、やや話が前後してしまうのですよね。国鉄分割民営化の話をまだしないうちに、ローカル線の経営が怪しくなってきたので交通に関する権利の話を始めて、横軽の鉄道廃止の話(1997年)が書かれるのは、話のまとまりを考えたのでしょうけれど、時系列順にものを考える私としてはかなり違和感がありました。

老川先生は国鉄分割民営化に関してはかなり否定的なようで、本質的に鉄道が改善されたわけではない、という評価をしているのですけど、その国鉄分割民営化の話を書いた直後に、JR西日本が関西圏の鉄道に抜本的なテコ入れをして、並行する民鉄をブイブイいじめている話を書くのは、いくらなんでも論理が通っていないのではないのでしょうか。本質的に改善されていない鉄道が、並行民鉄から旅客を奪えるはずがないのです。また、国鉄解体とともに運転士の道を諦めて退職する人のエピソードを1ページ使って書くのは、いくら何でも情緒的に過ぎるでしょう。それは鉄道の通史とは関係のない話です。

中央リニア新幹線についてもかなり否定的で、新幹線ネットワークとしてのつながりを重視して在来新幹線方式にすべき、と書いていますが、それは老川先生の提言・考え方であって、これもまた通史ではないでしょう。そして巨額の国費を投じて、と書いていますが、これも何度も指摘されている通り財政投融資からの借金であって、国費が消えてなくなるわけではないわけで、これだけあれば危機に瀕する地方交通が救える、というのもまったく見当違いというほかないです。財投からの3兆円を使っても、利子を付けて返さなければならないのだから、返済できるだけの利益を生み出せない地方交通に使えるわけがないのです。

前の2巻はもっと抑えた筆致で、冷静な通史という感じでした。通史を書くにあたっても評価というものを交えるのは避けられませんし、それはそれでよいのですけど、最後の3巻目は現代史に属することもあってか、老川先生の考えが強く反映されすぎていて、もう少し冷静に書いてほしかったかなという感があります。

この記事へのコメント

たづ
2019年03月30日 14:01
老川慶喜氏という方を検索すると、一応「経済学者」「歴史学者としても「経営史が専門分野」」と出るのですが、それでいてなんでこうなるかな?という記述ですね。
JR西日本の関西地区のくだりは、事業者が国鉄だったから都市圏輸送をかなり蔑ろにしていた結果、10年ほどで需要開拓したからそう見えるほどの攻勢になっただけで、本来1960年頃から国鉄の手でやってなければならなかった内容を遅ればせながらやっただけの話です。
関西私鉄は元々私鉄同士で競争してきており、JRが参戦しても「いじめ」と見るほうが見当違いでしょう。

他方、「中央新幹線」に関しては、私自身どちらかというと速度の6乗で増す風切り騒音と今の3倍使う電力の電源の問題から、リニア方式まで使っての500km/h運転には懐疑的ですが、とはいえ中央新幹線自体は最初からJR東海が原則自己負担のみで開業を進めてきたものです。それゆえ東名間先行開業だったわけですし。
それに「公費云々、規格を落としてその金で過疎地のローカル輸送を補填せよ」というのは「この人ホントに学者・経済人として本職?」と疑いすら挟みたくなります。
鉄輪走行でも線形は500km/h担保できるほどの規格が要る輸送需要のある地域を結ぶ線ということは変わりなく、これを規格下げしての地方輸送原資捻出というのは百年前の「建主改従」と全く同じ考えです。
完全廃線せねばならないようなところというのは、かつて石炭輸送していたところ以外はほぼ一度も償却前黒字すら出したことがない路線のはずで、それはそもそも鉄道を敷いてはいけなかったところであったと考えます。
今更原敬みたいにそれに拘るんですかねえ。
Tamon
2019年03月30日 23:47
まあ、国土開発に役に立つのなら、償却前赤字でも国がやるというのは、悪くはないとは思うんですけどね。道路が役割を果たせるようになったら代替されるべきというだけで。

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