橋を探索

今日は妻が友人らと会うということで、娘を連れてショッピングモールへでかけてしまったので、私は1人で車を走らせて出かけてきました。

姫路の東側にある市川に架かる山陽本線の橋は、1909年完成のものがそのままだということを知ったので、それを見に行きました。おあつらえ向きに、河川敷の野球場・グラウンドなどを利用する人のためなのかすぐそばに駐車場があり、そこに車を止めて河川敷を歩いて橋に接近し、じっくり見ることができました。やはり、煉瓦造りの橋脚がかなり古いものを伺わせます。上部にコンクリートで巻いたところがあるので、桁の扛上のために継ぎ足したのでしょうか? また常時水流の中にある部分では、根元の部分をコンクリートで巻いているのもわかります。桁は当時の鉄道院の標準設計だそうです。

山陽鉄道の時代に既に複線化されていたはずなのに、国有化直後に桁を交換したのはなぜなんでしょうね。機関車の大型化に備えて荷重を拡大したのでしょうか。それにしても、現代においてもなおこれだけたくさんの橋脚を抱えた桁橋が残されているんですね。河川の流下能力不足を建設省/国土交通省から言われないのでしょうか。

橋の脇でしばらく待ち構えて写真を撮っていましたが、残念ながら絵になる貨物列車は通ってくれませんでした。しかも、すぐ下流側に山陽新幹線の立派な橋が架かっており、そちらをビュンビュン列車が通っていきます。それではと新幹線の撮影ができる位置に移動して構えてみると、今度は在来線側をどんどん列車が通るという、なんというマーフィーの法則。

続いて加古川へ行きました。駅の近くにニッケパークタウンという日本毛織(ニッケ)の工場跡を再開発した商業施設があり、そこの駐車場に止めてフードコートで昼食を取りました。赤レンガを積んで造ったなかなか印象的な工場だったのですが、今は一部が残るだけです。もっとも川を挟んで西側にはまだもう1つの工場らしき施設がありますが。

ここから歩いてすぐの場所にある山陽本線の加古川橋梁も見ました。加古川駅周辺の連続立体交差工事の際に合わせて架け替えられたので、割と新しい橋です。JR西日本の最近の橋でよく見る、耐候性鋼を使った焦げ茶色の下路トラス桁を使っていました。かつての山陽鉄道は、1か所もトラス桁を採用しなかったことで知られますが、今ではこのように本線上にトラス桁があります。

ちょっと南に走って、山陽新幹線の加古川橋梁です。ここもまた河川敷に駐車場があり、そこに止めてゆっくり眺めていました。この位置だと、山陽電鉄加古川橋梁も反対側に見ることができ、列車の音がするとともにそちらを眺めて写真撮影という感じでした。新幹線は防音壁が高くなっていて列車が外からよく見えないところが多いですが、この加古川橋梁ではほぼ全体を見ることができ、なかなか良いスポットです。ここで見ると、8両編成はやはり短く、16両編成が絵になりますね。

上流へ向かいます。加古川線の第二加古川橋梁を見ました。元来、同じ路線が複数回同じ川を渡るときは、起点に近い側から第一〇〇橋梁、第二〇〇橋梁のように名前を付けていくのが慣例ですが、加古川線には第一加古川橋梁はありません。これは不思議なことだと思ったのですが、廃止された高砂線(加古川から海側に伸びていた支線)に第一加古川橋梁があったのですね。そして加古川線も高砂線も、同じ私鉄の播州鉄道が建設した路線であり、高砂から西脇が播州鉄道にとっての本線という位置づけであったため、高砂線側から通しで番号が振られたのでしょう。

こちらも橋脚が古く、播州鉄道時代のものではないでしょうか。その上に載る桁は、銘板が付いているところをカメラで拡大してみると、昭和30年と書かれているように思います。国鉄時代に桁を交換したのでしょうか。そして真ん中には、またも焦げ茶色の下路トラス桁が1連入っており、これはどう見ても新しいものです。なぜ1連だけ、と不思議だったのですが、この橋のすぐ下流に加古川大堰があるため、その工事の関連で橋に影響が出たのではと推測し、後日図書館で大堰の資料を調べたところ、やはり加古川大堰工事誌に、第二加古川橋梁に対する橋脚の補強と桁の交換の話が書かれていました。トラス桁の部分もかつては単純な上路桁だったようで、ちょうど工事の時期に洪水で橋脚が被害を受けたこともあり、橋脚を撤去して長いトラス桁に替えたようです。

さらに上流へ行き、今度は神戸電鉄粟生線の加古川橋梁です。この区間は戦後開通です。しかしいかにも古いトラス桁が2連架かっており、実ははるか昔の国鉄の桁の転用だそうです。払い下げなんですね。しかも元はトラス桁は3連で、老朽化により1連だけ撤去したのだそうで。

そして最後に西脇にある加古川線第三加古川橋梁です。加古川に杉原川が合流する地点を大きくカーブを描きながら渡っていく橋で、これまた焦げ茶色の耐候性鋼下路トラス桁です。これは、加古川の激甚災害対策特別緊急事業(激特事業)のために、2010年に架け変わったばかりのようです。そうなると、私はこの橋を通ったことがないことに…。

こんな感じで1日橋を見て回りました。結構いろいろな状況があって面白いですね。

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