能登線列車脱線事故の慰霊碑清掃行事

1985年7月11日に当時の国鉄能登線で発生した築堤の崩壊による列車脱線事故で、JR関係者による慰霊碑清掃行事があったそうです。ここもまだ続いているんですね。

この能登線はその後、第三セクターに移管され、結局廃線になりました。したがってこの区間はもう走っていないですし、最後に運営していたのは国鉄でもJRでもないのですが、慰霊はJRが継承しているんですね。

この事故は、大雨が降って運転規制がかかり、雨が上がって規制を解除して走らせたところ、問題なく現場を通過した列車もあったのに、その後になって築堤が崩壊して列車がそこに突っ込んだというものでした。盛土は雨が降ってから時間が経って崩壊することがあるということが明らかになり、対策に頭を悩ませたようです。雨の降り方によって規制時間を変えるような仕組みが導入されたのですけど、おかげで大雨運転規制後の運転再開がかなり遅れることになりました。そういうことを考えていくと、やはり築堤を抜本的に強化してしまうか、今の新線なら高架橋で抜けてしまう方が安全かつ頑強、ということになりますね。どこでもできる手法ではないですが。

鶴見事故などは50年経ってもJRに担当者がいるという話を聞きましたし、いつまでもこういうことは続いていくものなんでしょうね。

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