戦時中の蒸気機関車避難壕

米原駅の北側で、戦時中の蒸気機関車避難壕が保存されているそうです。見た感じ、鉄道車両を収容するには明らかに断面積が不足しているなと思ったら、終戦時点で未完成だったのだそうで、これから切り広げるところだったんですね。

地図で調べると、駅から上り方に少し進んだところに、線路のすぐわきに山が迫っているところがあり、このあたりのようです。ここなら大して線路を伸ばす必要もないですね。実際、あちこちで機関車が銃撃されていたので、こういうものを構想したのでしょう。しかし大規模に機関区や操車場を爆撃されていたら、たとえ多少の機関車を避難させたとしても鉄道の機能はかなり麻痺してしまうと思います。そうはいっても、せざるを得なかったのでしょうけど。こういう避難壕以外にも、東海道・山陽本線では山影になるような場所に機関車を隠せるように引き込み線を整備しているところが他にもありました。

こういうところも機会があれば見学に行きたいものですね。

この記事へのコメント

旅の途中のとおりすがり
2020年08月13日 17:30
1947年に米軍が撮影した空中写真(USA-R586-4)に、この避難壕につながる築堤の跡が写っています。
https://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=235674&isDetail=true
 その築堤跡の辺りからは、当時の東海道本線現在線から北側に分かれ、北陸本線の手前でそれぞれ米原方・坂田方に接続する三角線を作っている未成線も見えます。この線のうち米原方につながる部分は、1955年完成の米原駅改良工事で、東海道本線上り線が北陸本線を立体交差するために使われ、現在も現役ですが、用地確保と工事は太平洋戦争中に始まっていたんですね。戦中の輸送力増強のための用地・未成工事が戦後の高度経済成長期に日の目を見たものとしては東海道新幹線が代表的ですが、ここもその一例なのでしょう。
Tamon
2020年08月14日 00:39
結構大規模な工事をしていたんですね。これは驚きです。