阪神武庫川線の三線軌条の話

最近神戸新聞が鉄道関連の回顧記事を次々に出していて、阪神武庫川線の三線軌条の話が出ています。その前には尼崎海岸線と、そこへ連絡する武庫川の橋の話も出ていました。

三線軌条を、戦争がもたらした苦肉の策と書いていますが、割と普通に採用される方策の気がしますね。阪神の線路に乗り入れてまで貨物輸送を、というところが苦肉に見えるのかもしれませんが、割と最近まで京急大師線で味の素の貨物輸送を国鉄・JRからの乗り入れでやっていて、ここも三線軌条でしたし。

武庫川に長いこと残されていた橋脚の写真が印象的です。こんなに立派な構造物だったんですね。橋をかなりのところまで工事しておきながら未成に終わったのは、東武熊谷線を思い出す感じもします。

武庫川線から、武庫川を渡らせて東側へつないで何をするつもりだったのか気になります。出屋敷からの尼崎海岸線では、国鉄と連絡した貨物輸送をできないから、武庫川の橋なんていう大きな構造物が必要になったのでしょうか。このあたりの詳細な計画というのはもう残っていないものでしょうかね。

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