肥前電気鉄道

西日本新聞が肥前電気鉄道という大正から昭和初期にかけて16年間だけ運行された鉄道についての記事を出しています。現状鉄道がない嬉野温泉に、かつては鉄道が達していたのですよね。

この記事を読んで初めて知ったのは、肥前電気鉄道の起点である塩田駅は、祐徳軌道の塩田駅と別である、ということです。なんだそれはと思ってしまいますね。祐徳軌道は、長崎本線の肥前鹿島駅から塩田を通って佐世保線の武雄温泉駅や高橋駅へ繋いでいた当初は馬車軌道、後に蒸気軌道になった路線です。肥前電気鉄道は、他に国鉄とどこでも連絡していないので、祐徳軌道から連絡しない限り外部との連絡がなくなってしまうのですが、駅が別の場所であった理由がよくわからないですね。まあ、軌間が違うので接続しても直通できないですし、祐徳軌道の方は軌道ということは路面を走っていたのでしょうから、専用の線路敷を持つ肥前電気鉄道が軌道線の駅まで接近できなかったのかもしれないですね。

塩田の商工関係者が反対したから佐世保への鉄道が通らなかった、というのは例によって鉄道忌避説であって、根拠はなさそうです。そもそも佐世保への鉄道が塩田を通らなければならない理由はないわけですし。よく、嬉野温泉を通って、今の国道34号や長崎自動車道のように大村方面に向かうつもりだったが、嬉野温泉から反対されて早岐を周ることになった、という鉄道忌避説が言われます。しかしこれも、佐賀と長崎の県境付近の勾配がきつくなってしまい、回避すると長大トンネルになってしまうということが大きな理由で、技術的にも資金的にも早岐を周らざるを得なかったのだと考えるほかありません。

記事でも触れられている通り、昭和初期に廃止になって以来、約90年ぶりに嬉野温泉に新幹線という形で鉄道が戻ってくるわけですね。新幹線となると長大トンネルで県境を貫いてしまいますので、こういうルートになるわけです。しかしこの手の記事を読むと祐徳軌道の方も記事にならないかなと期待してしまいますね。

この記事へのコメント

旅の途中の通りすがり
2020年10月13日 19:19
> 佐賀と長崎の県境付近の勾配がきつくなってしまい、回避すると長大トンネルになってしまう

肥前電気鉄道は、俵坂峠を越える、嬉野から彼杵までの免許を取得していたようですね。電気動力ならある程度の勾配も許容できて越えられる見込みがあったのでしょうか?
 また、嬉野の街の規模を考えると武雄-(塩田-)嬉野-彼杵のような路線が改正鉄道敷設法予定線に盛り込まれても良さそうに感じます。当時、この地域には既に鉄軌道があったので、それで十分となって国有鉄道の誘致は行われなかったのでしょうか?
Tamon
2020年10月14日 00:51
おお、延伸計画があったとは知りませんでした。確かに電気鉄道なら何とかなるのかも。国鉄を誘致しなかったのもよくわからないですね。
Tamon
2020年10月17日 00:12
あー、武雄までも自力で到達するつもりがあったんですね。できていれば、九州鉄道の当初予定ルートが開通することになったんですね。