京阪5000系

京阪の、一部の扉をラッシュ時以外閉鎖して座席を展開してしまうことで知られていた5000系電車がまもなく扉の増減を止め、車両そのものも運用終了が近いそうです。

この車両は1両片側に5扉を備えていて、ラッシュ時はすべてを開閉しますが、閑散時になると5扉中2扉が閉鎖されて開かなくなり、その車内側スペースに天井から降りてきた座席がセットされて普通の3扉車のようになる、というものです。私も京阪線方面に出かけた際に目撃して写真を撮っておきましたが、ラッシュ時に京阪の方へ行くことがないので、5扉運用はまだ見たことがありません。乗客が乗っている間は座席の展開収納をしないはずなので、動いているシーンを近くで見ることはできないのですが。

まあこのタイプの車両は、昨今ではホームドアと相性が悪いとされるのが定番ですね。山手線や京浜東北線の6扉車もホームドアに負けたようなものです。こればかりはどうしようもないです。可変配列ホームドアなんていう研究もされてはいますけれど。

1970年登場というのがみそで、当時の京阪はまた600V電化だったのですね。そのために編成長を伸ばすことができず、こういう車両を開発することになったようです。昇圧され、編成長が伸びるとやや余裕が出てきて、そこまでではなくなったということなんですね。また、大阪側は複々線があるので輸送力があり、実は京都側の方がラッシュが厳しく、5000系が集中投入されていたなんて言う話がありました。

来年1月で5扉使用を中止、来年度には5000系が運用終了ですか。まあもう50年経つわけなので、そんなものなんでしょうね。最後に見る機会は、さすがに昨今の状況ではなさそうです。

この記事へのコメント

旅の途中のとおりすがり
2020年12月14日 18:32
> 1970年登場というのがみそで、当時の京阪はまた600V電化だった

東京圏の多扉車導入は1990年以降でしたが、京阪がはるかに早く導入したのはこのような事情があったのですね。物珍しさからか、1980年代にはテレビカーとともに東京圏の情報中心になりがちなマスメディアでも取り上げられていた記憶があります。

開く扉を減らして運用するときに開かない扉のところを座席にする仕組みは、後年の東京圏の多扉車では採用されませんでしたね。営団03系の5扉車は3扉だけ開ける運用をしていたこともありましたが。
Tamon
2020年12月14日 23:21
営団が一部のみ開ける運用をしていたのは知りませんでした。山手線の6扉車は逆にラッシュ時椅子収納で有名でしたが。
旅の途中のとおりすがり
2020年12月14日 23:46
日比谷線内では5扉を開けていましたが、投入当初、乗り入れ先の東武線内では3扉だけ開けるようにしていました。そう長くないうちに東武線内でも全扉を開けるようになり、東武自身も5扉車を製作・投入しました。