戦時下の地下鉄

戦時下の地下鉄』を読み終わりました。2月の発行直後に買ってあったのですが、積み本が多すぎてようやく今になってたどり着きました。

東京の地下鉄のうち、銀座線だけは戦前に開通しており、浅草-新橋は東京地下鉄道が、新橋-渋谷は東京高速鉄道が建設して、相互直通運転をしていました。やがて戦時体制になり、帝都高速度交通営団が発足してこれらの路線を買収して営業するようになって戦後の体制にそれが残る形となりました。営団としては、戦時中に丸ノ内線に一度は着手するものの戦局の悪化で中止となり、戦後本格的に建設再開するところから東京の地下鉄網の再拡大が始まりました。

この過程のうち、東京地下鉄道がどうやって建設したかについては工事誌が発刊されていますし、東京高速鉄道も工事誌があります。しかし早い時期に発刊されたので、その後営団に買収されるまでどうだったかはきちんとした公式記録が残りませんでしたし、営団としても戦後の丸ノ内線建設からしっかりした記録が発刊されていて、戦時中にどのような運営であったかははっきりした文献が発表されていなかったようです。この本は、この空白の時期の地下鉄史を埋める意図で書かれたものだそうです。

『虚実の境界壁』『戦ふ交通営団』という2冊の同人誌がこの本のおおもとになっています。しかし完全にリライトされていて、かなり読みやすくなっています。おおむね、この本の部の構成に合致しているのですが。前者が、乗り入れをめぐって東京地下鉄道と東京高速鉄道が厳しい交渉を繰り広げていたところを描き、後者は戦時下の営団地下鉄の様子を描いています。

新橋駅の幻のホームと呼ばれる、東京高速鉄道側の今は使われなくなったホームは、乗り入れを拒否されたためにやむなく暫定的に造ったもの、という説が流布してしまっていますが、実際にはそうではないことが史料を基に明確に描かれています。これは、当時の地下鉄網の構想などから説き起こして、双方でどういう交渉があったのか、しっかり追いかけていくと理由を理解できるのですね。

戦時下の営団地下鉄についても、空襲で銀座駅が被害を受けて、シャトル運転などを利用して何とか乗り換えながらでも全線を利用できるように維持していたことを説明し、実はその時に新橋駅の折り返し用に幻のホームが復活利用されていたことを示しています。これもよく発掘したものです。

本文中66ページの図11に、東京地下鉄道側が提案していた虎ノ門駅で両社が接続するときの配線案が掲載されています。浅草からの線と渋谷からの線に加えて、当時の東京の地下鉄網構想から、東京駅方面からの線、五反田・品川方面からの線の4本が集結してくる構想なのですが、示された配線図だと、東京地下鉄道の路線である浅草から五反田・品川方面への線と、東京高速鉄道の路線である東京駅から渋谷方面への線が、虎ノ門で平面交差してしまうようになっています。なぜこのような設計なのかが謎ですね。他社直通の方が列車本数が多くなる構想なのでしょうか。

非常に読みやすく、東京の地下鉄史を語るなら何としても読まなければならないという良い本に仕上がっています。著者の次回作を期待しています。

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