日本国有鉄道の財政の再建に関する基本方針

今日は何の日、という記事で、「日本国有鉄道の財政の再建に関する基本方針」が閣議決定された日という記事が出ていました。1969年のことだそうです。

国鉄は1964年に初めて赤字に転落して、この1969年頃には償却前赤字になっていたはずです。なので、いよいよ内閣として取り組まなければ、ということになったのでしょうね。それ以前から国鉄内での改革の動きはあったのですが。

閣議決定で地方閑散線の道路輸送への転換を促進すると言っておきながら、鉄道公団の新線はそのままなのはまったく矛盾ですね。赤字83線の選定をしても、その廃止への動きは少しも進まず、その間に公団線が開通する、というのはよく言われたことです。

この記事だと、赤字83線がそのまま順次廃止されていったかのように書かれていますが、実際には田中角栄内閣の日本列島改造論で、1度は完全に中断されているのですよね。その際に赤字83線は撤回されているはずです。しかしその後、さらに経営が悪化して、1980年の国鉄再建法に至るわけです。

一応、国鉄再建法については機械的な基準で廃止にしていて恣意的な選定はないはずですが、それでも除外4条件には微妙なところもありますし、そもそも線区の区切りはそれでいいのかという話もありますね。鉄道がなぜその経路で開業するのかも、技術的な縛りがあるとはいえ、結局推進した強力な政治家や地元の運動の影響があるわけで、かなりの偶然に左右されていますし、廃止に至るかどうかもかなりの偶然であるように思います。赤字83線に選ばれながら残ったとこの記事でも記載されている名松線など、特定地方交通線にも申請されながら撤回されるという異例の路線ですし、まったくもって命運というのはわからないものがありますね。

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