姫路機関区昔話

姫路機関区の昔話の記事が出ていますね。播但線の分岐していくところの、山陽本線と挟まれた空間にかつては姫路機関区があったのですけど、この記事によると山陽鉄道時代には駅の南側に施設があったのですね。これは知りませんでした。昭和初期に、東側の機関区と操車場が完成して、戦後そちらに統合されたそうです。

そういえば、姫路も姫路第一機関区、姫路第二機関区と2つに機関区が分割されて存在した場所でした。調べると、やはり駅南側の施設が姫路第二、最後まで残った播但線との分岐点の施設が姫路第一だったようです。よく、電化が進展する過程で、電気機関車の配置区と蒸気機関車の配置区を分けるといった目的で第一機関区と第二機関区が置かれていました。単に規模が大きくなって分割したというところもあるようですけど、吹田、敦賀、高崎、岩見沢といったところが分割された事例として思い浮かびますね。

第二機関区廃止後、姫路機関区の気動車検修機能は姫路鉄道部に移転し、JR貨物側の乗務員区の機能は姫路貨物駅構内に置かれているのですね。なるほど。これだけの規模の施設があったのですから、姫路も国鉄OBがそこらじゅうにいるのでしょうね。せっかくだからこの手の資料をまとめて本にするなり、地元の郷土資料館で展示するなりして欲しいものです。

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