国鉄の労政と労働運動

国鉄の労政と労働運動』上下巻を読み終わりました。

昭和20年の労働運動再開からの国鉄の労働組合と労政(職員局)の動向を、交通新聞の労働問題担当記者だった有賀宗吉氏が書いた本です。出版されるなり、各地の管理局からまとめ買いがあったそうで、組合でも当局でもない立場の人が書いた本にそれなりの需要があったのでしょう。

組合がどうやって執行部を形成し、代議員を選び、大会に集めて意思決定をし、中央委員や闘争委員はどんな役割があって、ということは私にはほとんどよくわかっていません。この本でもしっかり解説されているわけではないのですけど、戦後すぐの労働運動再開から割としっかりやれているのが凄いですね。戦前の労働運動の経験があるから、ということのようですけど。GHQの労働運動に関する指導の影響もあるようです。

共産党が影響を拡大しようとして介入してくるけど、それに反発する動きもあり、派閥が形成されていきます。共産党は党の事情を露骨に押し出してくるので、鉄道の現場の事情というものを配慮せず、反発を買うようですね。また機関士が自分たちをエリートだと思っていて他職種に比べて優遇されるべきという考えから機関車労働組合(機労)、後の動力車労働組合(動労)が分裂していく流れというのもこの本でよくわかります。

新潟闘争という事件があって、非常に激しく争議行動をして多数の処分者を生むことになるのですけど、この本でも詳しく扱われていて、この過激さに嫌気がさして、またも国労からの脱退者を出して、後の鉄道労働組合(鉄労)へとつながるのですね。このほかに国鉄直営の炭鉱である志免鉱業所をめぐっての志免闘争なども詳しく扱われています。

昭和30年代くらいまでは国労はかなり穏健で、待遇をめぐって本来は公労法で禁止されている争議行動をしますが、それも職場集会というような形に限定していて正面からストライキということはなかなかやりません。政治闘争に巻き込まれるのは迷惑という感じですし。こんな時代がまだあったのですね。著者も書いていますが、国鉄がいよいよ赤字に転落してから歯止めがなくなった、という事情があるようです。一方そういう穏健な労組であっても、組合内で意見が対立すると吊るし上げ大会になってしまうところがあり、普段から平気でこういうことをやるのであれば、管理職を取り囲んで吊るし上げるという後年の行動の原型が見えるような気がします。

また、国労という組織は発足当初から、よく言えば民主的、悪く言えばまとまりがない、という感じがします。派閥での行動が多いですし。上がこう決定したから下は有無を言わさず従うというような、共産党の民主集中制みたいなことは一切ないという感じですね。大会での投票でも票読み、裏面での説得工作が激しいです。

筆者は組合の幹部とも職員局の関係者とも実によく話をしており、緊迫した場面でも両者から相談を持ち掛けられるなど、まあよく労働情勢に通じているものだと思われます。国労の大会にはほとんど出かけていって傍聴しているようですし。おそらくこれ以上国鉄労働運動史を書かせるのに適任者はいないのではないかと思えます。

しかし、上下巻合わせて1000ページ近くも書いておきながら、昭和20年から昭和38年までの18年間だけがまとめられており、いかに書くべきことが膨大かという感じがします。昭和38年で終わっているので、昭和40年代のマル生運動からスト権ストへ至る地獄の時代の労使関係がまったく書かれておらず、続編にあたるような本が欲しいところですね。

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