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zoom RSS 鉄道は生き残れるか

<<   作成日時 : 2015/07/01 13:00   >>

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鉄道は生き残れるか』を読みました。サブタイトルは「「鉄道復権」の幻想」とあり、鉄道に対する著者の厳しい見方を示しています。

この本では、輸送量のデータの分析を基に、長距離では航空機、短距離では自動車が選好される交通機関であり、その間のニッチにしか鉄道の生存して行ける部分は無く、しかもニッチはだんだん狭まっている、と論じています。また極めて高いパフォーマンスを発揮している鉄道は、実は日本では首都圏と関西圏の都市輸送と、東海道新幹線の3か所だけである、と指摘しています。輸送量は人口よりも生産年齢人口に相関していること、ある程度の人口密度を下回ると通常の移動手段としては自動車が選好されるのでほとんど鉄道の需要がなくなること、なども指摘しています。そして、ある一定の輸送量があってバスでの代替が困難といった理由があれば、公的補助により鉄道を維持していくこともやむを得ないが、公共交通が鉄道でなければならない理由はないので、輸送量が一定水準を下回ればバス代替を積極的に考えていくべきである、と主張しています。そして鉄道貨物輸送は全面的に意味がなく廃止するべきである、とします。

おおむね、この本で指摘されていることは事実であり、特にこれからの人口が減少する社会では鉄道はいよいよ厳しい立場に立たされるのは間違いないと思います。ただ、私の感覚からすると、環境や安全性といった面への比重が軽すぎるかな、と感じます。そうした考え方を甘えだと批判していますが、自動車の場合は特に外部不経済が大きいので、私は甘えだとは思わないです。自動車のもたらす事故の問題は、多くの人が負担できる水準の自動車保険で解決している、としていますけど、十分な補償を受けられずに泣いている事故被害者は今でも多いわけですから、かなり軽く考え過ぎだろうと思います。もっとも、自動車の技術改良が今後より一層進歩して、大気汚染の問題がほぼ解消されて、事故も自動運転の技術により大幅に減少するようなことがあれば、いよいよ公共性を理由に鉄道を優遇しなければならない理由が消滅することもまた間違いないでしょう。

筆者は国鉄出身で、この本の執筆時点では青山学院大学の教授をしており、会計や経済の分析が専門のようです。やはりこの本でも経済的な面からの評価が主なので、技術的な面には疎いのかもしれません。鉄道がここまで世界中に広まった理由は、鉄道が自動車より先に発明されたという「歴史的な偶然」と書いていますが、実際には「技術的な必然」です。もともと、内燃機関に比べて外燃機関である蒸気機関は、シリンダーやピストンの寸法精度が甘くても動作するので、歴史的に機械加工精度が発展して向上していく過程で、蒸気機関は造れても内燃機関は造れない、という期間が存在し、当然蒸気機関が先に発明されることになります。そして蒸気機関はボイラーや水タンクなどの大きな容積と重量を必要とするので、ゴムタイヤ・舗装道路系では支えきれずに鉄車輪・鉄軌道系が必要になるのです。これは、フランスのキュニョーが蒸気自動車を先に発明しながら実用化に漕ぎ着けられず、イギリスのトレビシックによる蒸気機関車が発展していくことになることでも明らかでしょう。したがって、先に鉄道が普及する理由もあったのです。

筆者は青函トンネルに関して経済性を厳しく批判するとともに、核の危険にさらされている、としています。てっきり、北海道への戦略輸送を担えるために、戦争になった場合に核保有国が核攻撃をしかけてくる恐れがあると指摘しているのかと思ったのですが、津軽海峡が国際海峡であるために原子力潜水艦の通航を阻止できず、トンネル上部で原子力事故を起こされる危険を懸念しているという話でした。しかしこれは問題にもならないです。たとえ、青函トンネルの直上ピンポイントで炉心溶融のような重大事故を起こしたとしても、海底では常に海水により核燃料が冷却されるのでチャイナシンドロームのようなことは起きませんし、海底からトンネルまでは100メートルも離れていてその間は地盤で覆われていますから、海底に沈んだ核燃料が出す放射線はトンネル内では計測するのも困難な水準になるはずです。このあたりも、原子力に関する知識の薄さなんだろうなと感じました。

鉄道の輸送手段としての経済性評価の話の他に、この本が面白いのは、国鉄改革の経緯について触れていることです。たとえば、新幹線鉄道保有機構はなぜ設立されたのか、というあたりは、各社の収益調整という話ですが、これがないと東日本会社は成り立たない計算なのだ、という指摘があってなるほどと思いました。国鉄債務の処理についての考え方も興味深いです。北越急行ほくほく線が開通した際に、高速化対応投資の費用の一部をJR東日本が負担していて、これはどういう理由だろうと不思議に思っていたのですけど、JR東日本の路線である上越新幹線の利用が増えることになるから、根元受益的な考え方で負担したのだそうです。この処理が不透明であると指摘していますが、まったく納得する話です。

一方、整備新幹線をまったく不要なものと批判し、「今持っている手入れの行き届いたヴィッツ(在来幹線)の代わりに新しいフェラーリ(新幹線)をただであげよう、ただしフェラーリが古くなったら、自己負担で新しいフェラーリを買うように」という取引だと書いています。これは、古くなったらJRが自己負担で新幹線を改修しなければならないではないか、ということですが、実際には100年前に建設された東京の高架鉄道は今でも多少の補修で何の問題もなく列車を通しており、イギリスに行くと170年前の橋が何の問題もなく供用され続けています。鉄道構造物はきちんと保守しておけばこれくらい長持ちするものであり、会計上の減価償却期間が過ぎたら大規模補修が必要というわけではないのです。本当に大規模な更新が必要になるのはさらにその先であり、その頃の交通事情は今から予測することは到底困難なので、この論法で批判してはいけないでしょう。やはり経済効果がどの程度あるのか、それに対して投入する費用は妥当なのか、という観点が重要です。

まあいろいろ批判する点もありますが、この本で書かれている鉄道への厳しい視点は、確かにそうなのだと思います。そろそろ、国鉄改革を生き残った地方閑散路線に対する処理が必要な時期なのかもしれません。

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