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zoom RSS 鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション35 国鉄幹線の記録 上越・信越線

<<   作成日時 : 2016/07/03 13:00   >>

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『鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション35 国鉄幹線の記録 上越・信越線』を読み終わりました。過去の鉄道ピクトリアル誌の再録が中心で、かなりのバックナンバーを揃えている私にとっては持っている号も多いのですが、今回独自に執筆された総括があるのと、私の手元には1冊もない『電気車の科学』から収録されている記事があることもあって、購入しました。

やはり、幹線網の大規模な建設・改良がおこなわれていた時代の話は、土木ファンにとっては楽しいです。もちろん、日本では主要幹線の建設自体は戦前に終わってしまっているのですけれど、その当時のことも多少触れた記事が収録されています。そして主になっているのは、対象となっている上越・信越線などが戦後の高度成長期になって複線化されていく過程の諸検討や工事の記録などの記事です。特に『電気車の科学』に由来する記事があるためか、電気機関車の検討とか変電所の構成といった話があって面白いです。

上越線の清水トンネルを挟む区間や、アプト時代の碓氷峠などは、回転変流機が変電所に設置されており、回生制動が可能になっていたようです。実際に回生制動が開始されるのはかなり後なのですが、初期のころから将来的な回生制動の開始をにらんでいたのではないか、と思われる節もあります。実際、戦後間もなくの時期に上越線の長岡まで電化した際には、清水トンネルの前後以外は水銀整流器が設置されています。やはり急勾配区間で回生制動を常用するために、あらかじめ場所を選んで回転変流機を設置していたのではないかと思います。この点、上越線清水トンネル区間と同時期に電化された中央本線の浅川(高尾)-甲府間でも同様に、回転変流機が将来的な回生制動をにらんで設置されていますね。

しかし、この時代の列車本数はあまりにも少なく感じられます。単線だとこの程度のものなのでしょうか。今だと、単線でもこれ以上の列車本数を設定しそうな気がします。

碓氷峠の改良や、新清水トンネルの建設に際してのルート検討の話が面白いです。この時代でも、やはり碓氷峠は軽井沢の経由が大きな要求事項だったようで、長大トンネルで御代田に抜ける案はボツだったようです。新清水トンネルの検討では、緩勾配の20km超のトンネル案もあって、ほぼ大清水トンネルになっています。やはり同じようなことが考えられるものなんですね。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
保安装置が最終的にヒトの知覚に頼る信号機やタブレットしかなかったからだと思います。
ATSとCTCを組み合わせた現在のシステムであればある程度まで安全マージンを絞り込めるのでしょうが、昭和30年代まで(厳密には国鉄→JRは平成まで)無視したらおしまい、というシステムでしたから。
碓氷峠は25‰長大ループ線案が、今となっては最適解だったように思えます。当時の額で70億円(廃止直前ルートのほぼ倍額)という巨額のプランではありますが、新幹線開業の代わりに経営移管もなしに廃止ということはなかったでしょう。
たづ
2016/07/04 19:04
保安装置の制約で、時隔が制限されていたということですかねぇ。
東北本線の単線時代は凄かったらしいですけどね。

県境はやはり都市間旅客がいなければ輸送需要が少ないわけで、ループ線案で残ったかどうか、自信を持てないところがあります。
Tamon
2016/07/04 23:21

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