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zoom RSS 東海交通事業城北線25周年

<<   作成日時 : 2016/11/28 13:00   >>

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東海交通事業城北線が開業25周年で記念切符を出すそうです。

記事にもあるように、中央本線と東海道本線を連絡する貨物線、というのが城北線の由来です。現在愛知環状鉄道として運行されている路線は、当初岡多線という名前で建設されており、この線路を通じて岡崎から高蔵寺に出た貨物列車は、中央本線を通って勝川から城北線に入り、稲沢の操車場に行く、という構想でした。これにより、東京における武蔵野線のように、名古屋の外環を迂回することを狙っていたわけです。高蔵寺と勝川の間は複々線化する構想でした。また、現状城北線は西側で枇杷島へ通じていますが、稲沢へも通じるように三角線を造る計画となっていました。三角線にすることで、中央本線を走る石油輸送の貨物列車などは、城北線を経由すれば、四日市方面へ折り返し無しで抜けられるわけです。

一方、大府から東海道本線を一部複々線化し、途中で別れて名古屋貨物ターミナルへ通じる貨物線も工事が進められており、南方貨物線と呼ばれていました。こちらは、東京側から名古屋貨物ターミナルへ行く列車が、稲沢で折り返し運転をしなければならないことを解消する目的の短絡線でした。いろいろ構想もあったものの、結局造り掛けて工事が中止され、高架橋の撤去工事が始められてしまいました。何とももったいない話ですが、需要が無いのであれば致し方ありません。

これだけ貨物線網を広げる構想だったというのが、いかにも高度経済成長期の国鉄の発想、という感じがします。実際にはそれを賄うほどの貨物輸送量は無かったのですけど。

城北線の輸送密度が461人/日というのが凄いですね。特定地方交通線水準です。それでも、札沼線の末端などよりよっぽど乗っているというのも皮肉です。ここを開業することになったのは、開業路線でなければ建設費の債務をJRに負担させられず、国鉄清算事業団に行ってしまうことになる、つまり国民負担になってしまうので、少しでもJR東海に負担させたかったことから、というものらしいです。それなら南方貨物線も何とかすればよかったのでは、と思わざるを得ません。

城北線の東の端の勝川はその後、中央本線の線路が連続立体交差事業で高架化されました。元から城北線の勝川駅は高架だったのですけど、中央本線とはまだ線路がつながっていませんでした。そして意外なことに、高架化された中央本線勝川駅は、将来的に城北線と線路を繋げられるように設計が考慮されているそうです。それも、ちゃんと機関車の走れる勾配を考えているようなので、実は貨物列車が走る可能性はまだ残されている、と言えます。今になってそんな設計にするというのが不思議ですが。

この記事は良いのですけど、勝川駅があるのは愛知県の春日井市なのに、埼玉県の春日部市と間違えてしまっているところが単純ミスですね。

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