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zoom RSS 宇佐付近の日豊本線

<<   作成日時 : 2017/05/12 13:00   >>

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今日は大分県の地図を見ていて、宇佐のあたりの日豊本線の経路に疑問を持ちました。日豊本線は、中津から海岸沿いに東へ走り、宇佐市と豊後高田市の市街中心部のちょうど中間付近を通り抜けて、国東半島の脊梁山地越えに向かいます。ここで、なぜ宇佐市の市街地やその近くにある宇佐神宮の前を通らずに、間を抜けたか、というあたりが気になりました。

『九州の鉄道おもしろ史』を調べると、このあたりはすべて鉄道忌避説で説明されてしまっています。宇佐の市街地(四日市)からも豊後高田からも反対された、というのですが、現在の鉄道史学の観点からすると疑問符が付きます。一方、国鉄の土木技術者がまとめた『九州の鉄道100年』によれば、まずもともと内陸に豊州鉄道が建設する計画だったのが、宇島港からの石炭積み出しのために、中津より西側がまず海岸沿いに変更された、とあります。そしてその先で、四日市を終点とする免許を受けていたのだけれど、その先大分方面へ向かう際の線形・工事のしやすさを考慮して、海岸沿いの柳ヶ浦を終点とするものに計画を改めた、とあります。柳ヶ浦がとりあえずの終点となったのは、駅館川の架橋を先送りしたためだそうです。

『九州の鉄道100年』の著者は、この経緯に疑問を呈しており、現代の観点で言えば、線形でも建設のしやすさでも、当初の四日市終点の方が良いはずだ、としています。したがって、海岸を選んだ経緯はよくわからない、としています。国鉄工事局の土木技術者の見解なので、やはり海岸沿いになった経緯は不思議な感がありますね。

結局のところ、豊州鉄道関係者の文献でも出てこないとわからないのでしょうかね。

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