1991年の芸備線2000系試運転

Twitterで、1991年に芸備線の高速化を狙って、地元の協議会がJR四国から2000系気動車を借りて、東城から広島までの試運転をした話が流れていました。普段まったく運用されていない車両を試運転するためには、運転士の準備がそれなりに大変なはずですが、よくやったものです。当時を振り返る新聞記事と、沿線で撮影したという写真がTwitterに流れていました。3両編成だったようですね。

2000系は制御付き振り子式気動車で、線路に設置した位置補正地上子を使って常に現在の自列車位置を把握しながら、車上データベースと照らし合わせて、カーブが近づくと車体の傾斜を補助してやる仕組みが動作します。したがって、わざわざカーブの車上データベースと、位置補正地上子を用意したのだろうか、と思ったのですが、そうした設備がないときは、単なる自然振り子式で走れるらしく、芸備線の時もどうやらそうだったようです。四国内のように攻めた走り方はしなかった、のでしょうね。

東城-広島は、芸備線の広島県内のほぼ全区間に相当します。相当長い距離を走らせたのですね。東城へは、芸備線は圧倒的に線形が悪く、もはやほとんど輸送需要を喪失している区間であり、伯備線側に出た方が所要時間としてもマシな水準です。あくまでお試しなのでしょうが、さすがにここは現実的とは思えません。

備後落合までの「ちどり」、備後庄原までの「たいしゃく」など、かつては急行が設定されていました。現実的には、このあたりの置き換えで導入できればよかったのでしょうけど、線路の強化にもそこそこ投資しなければ、振り子車両を現実的に運用することは難しいはずであり、そこまでの投資に見合うほどの需要はなかったのでしょうね。備後庄原など、結構な街が駅の近くにあるので、何とかならないものかと思うのですが。

まあ、民営化してしばらくの時期だったからこその夢のある試運転という感じですね。

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