ふしぎな鉄道路線: 「戦争」と「地形」で解きほぐす

ふしぎな鉄道路線: 「戦争」と「地形」で解きほぐす』を読み終わりました。サブタイトルになっている「戦争」と「地形」とあるように、明治から昭和戦前期までの、日本の鉄道路線のルート選定における軍事と地形の影響を解説した本です。

よく、海岸線付近は敵の攻撃を受けやすいので、鉄道を敷設することに軍部が反対した、と言われます。その流れで、当初東京と京都を結ぶ路線が東海道ではなく中山道にする方針になっていたのも、その理由だとされがちです。しかし、そういう考慮もあったかもしれないが、実際にはドイツからやってきて陸軍大学校の教官を務めたメッケル少佐が海岸線付近の防備について指摘するようになるまで、日本の陸軍にそうした考えはそれほど大きくなかったことを指摘しています。東海道本線建設時点で海岸回避の発想があまりなかったのは、青木栄一先生が過去に何度も書いていることですね。

一方、それ以降では海岸線回避の要求が軍部から実際に出されるようになります。具体的にどのような反対があったのかをきちんと解き明かしているところがこの本の良いところです。鉄道会議(のちの鉄道建設審議会)が鉄道の建設順序やルートの選定に関与しており、この会議に陸軍が委員を送り込んでいて、いろいろ要求していたのです。ただ、昭和戦前期のように軍が圧倒的な権力を握って自らの意向を押し付けていたのは、戦前でもむしろ例外的な時代なのであって、明治時代にはそれほど陸軍の力はなかったようです。内陸を優先する陸軍の意向は、民間人委員にさんざん反論され、結果的に経済的に有利となる線路を選択された場所はいくつもあるようです。

それに対して、鹿児島本線の八代以南は実際に陸軍が要求した内陸経由の路線が選択されて建設されるのですが、実は経済性にうるさい民間人委員が欠席した日を狙って奇襲攻撃的に採択したのだそうで…。なるほどと思わされました。

奥羽本線の経緯のところで、板谷峠のトンネルが当時日本最長の鉄道トンネルであるとしているところは誤りですね。日本鉄道磐城線(常磐線)の金山トンネルが先に開通しており、より長いので、板谷峠トンネルが日本最長だったことはありません。官設鉄道最長ではあったのですが。

しかし非常によくまとめられていて面白い本でした。著者の竹内さんの続刊を期待しています。

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