鉄道と観光展

今日は、南丹市立文化博物館の企画展「鉄道と観光」を見に行ってきました。未だ発地も着地も緊急事態宣言中ではありますが、もう解除の声が聞こえるほど落ち着いてきていますし、私も2回のワクチンを済ませていますし、おそらく他の人と密にならないであろうこともあって、自家用車で出かけることにしました。鉄道だと、京都を周らないと行けないので、結構時間がかかります。

川西から国道477号で能勢を通り抜けていきました。能勢妙見山へ行った時に鉄道とバスで来たことがあるルートが一部に含まれています。自分で運転してきたのは初めてです。感覚的には凄い山奥だろうと思ったのですが、結構開けた土地もありますね。かつて、大阪から亀岡や園部に抜ける電鉄が企画されていたという話がありますが、このくらいの地形であれば確かに鉄道も通せそうです。十分な需要を確保できるかどうかとは別ですが。大阪からの所要時間によっては、沿線が宅地開発されていたのかもしれません。

南丹市立文化博物館は、園部公園の一角にありました。真弓橋という橋が公園内にかかっていて、それが渡っているのがプールというなかなか面白い光景が見られました。館内は予想した通り人が少なく、見に来る人は少ないのですね。

南丹といっても馴染みのない地名で、やはり園部と思ってしまうのですけど、その園部の歴史を紹介する通常展から見ていきました。園部は江戸初期に入封した小出氏が明治まで一貫して治めていた土地だそうで、2万5000石くらいの石高だったようです。園部公園もその城跡なんですね。NHK大河ドラマの「麒麟が来る」だと、丹波の難治がかなり語られていましたけどね。

2階の企画展を見学。鉄道と観光の関わりということで、園部公園や瑠璃渓などのこの地域の観光開発や、それとの交通とのかかわりと言った観点が中心でした。京都から園部までの現在の山陰本線は、京都鉄道が建設したものですけど、京都鉄道国有化前の時期の輸送量統計を見ると、桜の季節である4月が異常に多く、当初から観光輸送がかなりあったのですね。瑠璃渓へのバスの時刻表を、駅名票みたいな木製看板にしたものが展示されていて面白いです。

京都鉄道は、京都市街地付近の建設で金がかかりすぎて、結局園部までしか開通に漕ぎつけることができず、園部から綾部までの開通は国有化後になりました。完成させる見込みがなくなって、買収済み用地や施工済みの未成線の買収を国に請願していたんですね。しかし、園部から先で、なぜ地域の交通の要所だった須知(現在の京丹波町中心部)を通らずに日吉、胡麻、和知と回ったのか、というあたりは一切説明がないんですね。以前の京都府立歴彩館の講演会で話が出ていましたけど、南丹から京丹波へ抜けるところにある観音峠が厳しくて、鉄道を通すのに費用がかかりすぎるために、桂川流域から由良川流域で比較的容易に抜けられる現経路が選ばれた、という話があるようです。

その他に、小浜と日吉を結ぶ小殿線構想の話もありました。戦後、鉄道公団が盛んにルートの調査を行っていた時期があるんですね。当時は今にも起工式が、という感じで新聞記事にも書かれていたようでした。

過去にもここでは鉄道関連の企画展があったのですけど、もう図録は売り切れてしまっているようで残念です。今回の図録だけ買って帰りました。

コンビニでコーヒーを調達して飲んで、一路帰宅。夕方になると、川西から池田へ出てくるあたりは毎度混みますね。北の方では4車線道路になっているのに、混雑する池田のあたりが2車線になってしまうのがなんとも。もう市街化が進んでいて、いまさら拡幅の用地を確保できなかった、というところなのでしょうけれど。ここを回避したいなら阪神高速を使ってくれ、と言わんばかりに、4車線から2車線になるところで一方の車線が阪神高速のランプに吸い込まれてしまいますね。

久々のおでかけでだいぶ気分が回復しました。

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